熊本地方裁判所 昭和45年(行ウ)3号〔2〕 判決 1974年4月25日
熊本市城東町二番六号
原告
有限会社クラブ優雅
右代表者代表取締役
北野公祐
右訴訟代理人弁護士
東敏雄
熊本市二の丸一番地
被告
熊本西税務署長
谷脇鷹士
指定代理人
小沢義彦
同
佐藤義尚
同
村上悦雄
右当事者間の課税処分取消請求事件について、当裁判所は、次のとおり判決する。
主文
一、原告の請求は、いずれも棄却する。
二、訴訟費用は、原告の負担とする。
事実
第一、当事者の求める裁判
一、原告
1. 被告が原告に対し昭和四四年一〇月四日付でなした
(一) 原告の昭和四二年六月一日から昭和四三年五月三一日までの事業年度における法人税更正および重加算税賦課の各処分
(二) 源泉徴収所得税の納付告知および不納付加算税の賦課ならびに重加算税賦課の各処分は、いずれもこれを取り消す。
2. 訴訟費用は、被告の負担とする。
二、被告
主文一、二項と同旨。
第二、当事者の主張
一、原告の請求原因
1. 被告は原告に対し、昭和四四年一〇月四日付で、原告が昭和四二年六月一日から昭和四三年五月三一日までの事業年度(以下、本件係争年度という)内において、(一)昭和四三年五月五日金一、一〇一、九二七円、(二)同月二八日金三八六、一九九円ならびに(三)同月三一日金五六万円をそれぞれ借り受けた借入金(前二者は仮受金、後者は短期借入金として入金処理)合計金二、〇四八、一二六円を除外利益と認定して、これを同事業年度の所得に加算して課税所得金額を金九八七、五八二円と更正し、さらに重加算税八二、八〇〇円の賦課決定をなした。
2. 被告は、原告が本件係争年度中、当時の原告会社代表者倉重正を通じ、右各借入金の返済をしたのを同人に対する給与と認定し、右返済金に対し、源泉所得税金八四九、六七二円を課税し、さらに、不納付加算税金一二、五〇〇円、重加算税二〇九、三〇〇円の各賦課決定をした。
3. 原告は、被告の各処分を不服として、昭和四四年一〇月六日熊本国税局長に対し審査請求をしたところ、原告は右同年一二月一〇日右審査請求が棄却されたことを了知した。
4. しかしながら、被告の各処分は、除外利益若しくは給与でないものをそれと認定し、かつ原告が税額計算の基礎となる事実を隠ぺい、仮装して申告したものでないのに、重加算税を賦課したものであるから、いずれも違法である。
よつて、被告が原告に対してなした前記各処分の取消を求める。
二、被告の請求原因に対する答弁
1. 請求原因1ないし3項の事実は、いずれも認める。
2. 同4項は争う。
三、被告の主張
(本件係争年度法人税の更正処分について)
1. 被告が原告主張の前記各借入金を架空であるとして除外利益と認定した経緯は、次のとおりである。
(一) 被告が原告の本件係争年度の法人税につき、その申告に基づき調査した際、原告主張の借入金一、一〇一、九二七円と三八六、一九九円はいずれも仮受金名義で、五六万円は短期借入金名義で入金処理されていたので、担当の熊本税務署(のちに熊本西税務署と名称を変更)法人課職員下田信敬は、右金員について、その資金の出所を当時の原告会社代表者倉重正らに質問したが、同人らはこれを明らかにしなかつた。
(二) すなわち、右倉重は右下田信敬に対し、右仮受金は倉重正が老婦人を通じて地元銀行の行員から金三〇〇万円を借り受け、この内から三回にわたり、原告会社に合計金二、〇四八、一二六円を融通したものである旨申し述べ、その仲介した老婦人は同人の祖母の倉重のぶであることを明らかにしたが、その後供述を変え、貸主については知らないと陳述した。
(三) そこで、倉重のぶに尋ねたところ、同女は貸主は平田栄であると申し立てたので、さらに、平田栄について調査したが、同人は倉重のぶの依頼により金三〇〇万円を貸し渡したが、自分には資力がなかつたので第三者から借りて融資した旨申述し、その借入金については明らかにしなかつた。
(四) しかしながら、平田栄には金三、〇〇〇万円の負債があり、同人に何人かが融資するとは到底考えられず、かつ同人は以前倉重のぶより親子同様の世話を受けていた間柄であることを考え合わせると、同人および倉重のぶ、同正らが主張する貸借の事実はたやすく信用できない。
(五) その後、審査請求の裁決に当り、熊本国税局協議官も右各金員の出所について調査したのであるが、前叙以上に解明することはできず、また、原告の借受の事実を肯認すべき何らの証拠を見出せなかつた。
(六) 右調査経過からすると、倉重正ら前記関係者は資金出所について虚偽の申立をしているものと思料される。
よつて、被告は、前記各金員は借入金ではなく、仮装経理による除外利益金と認定した。
(前記法人税についてなした重加算税の賦課処分について)
2. 前記のとおり、原告が右各金員を借り受けた事実はなく、原告が仮受金又は短期借入金として合計二、〇四八、一二六円を計上したことは、課税標準等の計算の基礎となるべき事実を隠ぺい、仮装し、その隠ぺい、仮装したところに基づき納税申告書を提出したものであるから、被告は原告に重加算税を賦課する旨決定した。
(源泉徴収所得税の納付告知ならびに不納付加算税および重加算税賦課の各処分について)
3. 前記のとおり架空のものと認めた仮受金又は短期借入金名義の金員は、本件係争年度末の昭和四三年五月三一日代表者勘定等と相殺の結果消滅しているので、被告はこれを当時の原告会社代表者倉重正に対する給与と認定した。換言すれば、原告の右除外利益分を仮受金に仮装して入金処理していたものを仮受金が消滅したときに代表者が取得したものとみたしたわけである。
右給与につき、被告は原告に対し、昭和四四年一〇月六日付で源泉徴収をなすべき金八四九、六七二円の納付義務あるものと認め、その旨の納税告知処分を行なうとともに、原告が右源泉徴収所得税を納付期限までに納付しなかつたことによる不納付加算税金一二、五〇〇円の賦課処分および右源泉徴収所得税に関する隠ぺい、仮装申告を原因としてなした重加算税二〇九、三〇〇円の賦課処分をした。
四、被告の主張に対する原告の答弁ならびに反論
1. 被告主張の1の事実中、原告が右各借入金の貸主を明らかにしなかつた事実は認める。しかし、原告が被告に対し、右各借入金の貸主を明らかにしないのは、貸主より氏名を秘すことを求められているからであつて、原告の借入金が存在しないのではない。
被告において右各金員が借入金ではなく簿外所得であると主張するならば、青色申告にかかる法人税法第一三〇条第一三一条の規定の趣旨に鑑み、被告は原告のいつ、いかなる取引上の利益が除外されたかを主張、立証すべきである。しかるに、被告は何らそれを明らかにすることなく、原告が借入先を明らかにしないことの一事をもつて、右借入金を除外利益であると認定したもので、これは青色申告に推計課税を許容するものというべく、青色申告の承認の取消のなされていない本件においては許されない。
2. 被告主張の3の事実中、その主張にかかる各金員がいずれも昭和四三年五月三一日代表者勘定等と相殺されていることは認める。しかし、右事実をもつて、代表者の個人所得と推認するには、被告において右金員が代表者個人に支給され、かつ代表者個人が自己の利益の為に費消したことについて挙証すべきである。
第三、証拠関係
一、原告
1. 甲第一号証の一ないし五、第二号証の一ないし四、第三号証の一ないし三、第四号証の一ないし四、第五号証の一ないし三、第六号証の一ないし二九、第七号証の一ないし三〇、第八号証を各提出。
2. 証人和田正明、同倉重正の各証言を援用。
3. 乙第六、第八号証の各成立は知らない。その余の乙号各証の成立は認める。
二、被告
1. 乙第一ないし第八号証を提出。
2. 証人下田信敬、同田上猛、同内田正利の各証言を援用。
3. 甲第八号証の成立を認め、その余の甲号各証の成立は知らない。
理由
一、請求原因1ないし3項の各事実は、当事者間に争いがない。
二、本件係争年度法人税の更正処分の適否について
1. まず、原告が仮受金又は短期借入金名義で入金処理している金一、一〇一、九二七円、金三八六、一九九円、金五六万円、以上合計金二、〇四八、一二六円の各金員が借入金であるか、どうかについて判断する。
成立に争いのない乙第一ないし第五号証および証人下田信敬、同田上猛、同内田正利ならびに同倉重正の各証言を総合すると、次の事実を認めることができる。
(一) 被告法人課職員下田信敬の調査に対し、本件係争年度当時の原告会社代表者倉重正は、「前記各金員合計二、〇四八、一二六円は原告会社ならびに訴外西部観光有限会社(代表取締役倉重正)の料理飲食等消費税納付のため振出した手形の支払に充てるための借入金三〇〇万円の一部であり、右借金の貸借を仲介した同人の祖母倉重のぶから貸主の名を明らかにしないよう口止めされているので述べることができない。」といい、次に、右倉重のぶは、「右三〇〇万円の貸借を仲介したことはあるが、その借主は平田栄である。」と述べ、さらに、平田栄もまた、「右貸借の存在を認めるが、自分には資力がないため、右三〇〇万円は他から借り受けて融資したものである。」と述べ、右関係者は、結局前記金員の借入先を明らかにしない。
(二) ところで平田栄は、土木建設を業とする倉重組の元専務取締役であり、同組の代表取締役が前記倉重正の実弟にあたる関係にあり、かつ前記倉重のぶとは親子同様親密である。右平田自身、前記貸借当時約三、〇〇〇万円の負債を有しており、さらに、金三〇〇万円もの融資をうけられるという状況にはなかつた。
(三) さらに、右借入金名義の金員の元本および利息の支払のためとして、手形および小切手が用いられているが、これらはいずれも右倉重正がその代表取締役である訴外西部観光有限会社又は同族関係にある和光観光有限会社の振出、裏書にかかるもので、しかも実際の支払は現金でなされ、手形、小切手は回収されているため、これによつても、貸借の存在および貸主の所在ならびに支払われた現金の行方も判明しない。
以上のように認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。
2. 右認定の事実関係からすれば、被告が原告主張の借り受けの事実を否認したことは一応合理的と考えられるから、原告において反証を挙げなければ、右各金員合計二、〇四八、一二六円を借入金として本件係争年度の損金に算入することはできないものといわねばならないところ、原告挙示の甲号各証および証人和田正明、同倉重正の各証言によつても、前記認定を左右するに足りない。
そして、右損金算入が否認される以上、右額は当然右年度の所得額に加算されるから、被告が原告の本件係争年度法人税の確定申告所得額に右額を加えて、更正を行なつたことに違法は認められない。
3. この点につき、原告は、青色申告にかかる本件の場合、被告が前記借入金を否認しただけで除外利益の発生源泉を明らかにせずに課税所得と認定することは法人税法第一三〇条、第一三一条に照らして許されないと主張する。
しかしながら、当該年度法人税の課税標準たる所得額は同年度の益金の額から損金の額を控除して算出されるのであるから、貸借対照表上の負債科目で税務会計上、損金に仕訳、算入された勘定科目が一部否認されれば、それによつて所得額は変動し、除外利益が算出される筋合である。したがつて、青色申告の場合においても、被告において必ず個々の所得の具体的発生源泉を指摘、立証しなければ更正処分をなしえないと解する必要はないものというべく、また、特定の損金勘定が否認された結果、課税標準となる所得額が増加する場合においては、課税標準算定の根拠が明らかであるから、法人税法第一三一条にいう「課税標準の推計」には当らないと解するのが相当である。
よつて、原告のこの点に関する主張は採用できない。
三、前記法人税についてなした重加算税の賦課処分について
前記認定の事実関係によれば、原告の帳簿に前記各金員を仮受金または短期借入金名義で計上した行為は、原告において法人税を一部免れるため、故意に経理上の操作を行なつて、税額の基礎となるべき事実を隠ぺい、仮装し、その隠ぺい、仮装したところに基づき、確定申告をしたものであると推認されるから、右被告の重加算税の賦課処分に違法は存しないというべきである。
四、源泉徴収所得税の納付告知処分、不納付加算税および重加算税の各賦課処分について
1. 原告が帳簿上、前記仮受金等合計金二、〇四八、一二六円を昭和四三年五月三一日付で「代表者勘定等」と相殺処理している事実は、当事者間に争いがない。
しかして、右事実と右仮受金等が架空のもので原告の所得と認められること前記認定のとおりであることならびに前頭乙第一号証、証人下田信敬の証言および弁論の全趣旨を総合すれば、原告は右原告の所得を仮受金等に仮装して入金処理していたものを、さらに代表者勘定等と相殺処理し、もつて当時の原告代表者倉重正に対し右と同額の利益を取得せしめたものと推認するのが相当であり、右認定を左右するに足る証拠はない。
されば、被告が右相殺日に原告において右倉重に対し前記金員を給与として支給したものと認定し、原告に対し、金八四九、六七二円の源泉所得税告知処分をしたことには、なんら違法は存しないというべきである。
五、以上のとおりであるから、原告の本訴請求は、いずれもその理由がなく、失当であるから、これを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 糟谷忠男 裁判官 中野辰二 裁判官原昌子は転任のため署名押印することができない。裁判長裁判官 糟谷忠男)